困っている人を助けた結果がこれ。
前に「難民を助けても彼らのためにははらない。」とブログを上げました。
それを証明するような出来事が起きたのが「ガイヤ夜明け」で紹介されたソマリアでの官民連携水事業の中で解る
これは日本人が綺麗な水を作る装置を現地に作ったのですが、数年後に行ったら蛇口も盗んで見るも無残な姿になっていました。(忙しい人は30分頃から)
ようするに親切で作っても最初だけは有り難がってますが、誰も維持管理をしなと言えます。
そこで、現地の人に水を売る商売とする事によって維持管理をさせようと方針を転換しました。
水を汲みに来ても現地の人がお金を取ってそのお金で薬剤を買ってまた水を綺麗にして売ると言う循環です。
これが日本なら使う人たちが集まって部落の会議を開き維持管理の順番を持ち回りで決めるでしょうが未開の人はそれが出来ません。
使えなくしてそこに有る蛇口を壊して売りさばく事しか出来ないのです。
親切は時には厳しく接しなければダメだと解ります。
だから未だに発展途上から抜け出せないのです。
何故戦後日本が発展途上国より酷い状態から先進国になれたか、発展途上国は何故未だに発展途上国なのか。
民度と言えばそれまでですが、彼らは良くなろうと努力をしないからです。
この人たちを助けてもダメです、同じ助けるなら自立が出来る助け方をしなければ全てが水の泡になります。